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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)2442号 判決 1974年10月31日

原告

柏瀬茂雄

右訴訟代理人

児島平

被告

隅田川燃料林産株式会社

右代表者

小池正太郎

右訴訟代理人

植田義昭

主文

1  被告は原告に対し、金一八八万八三〇一円およびこれに対する昭和四八年四月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

4  この判決は第一項に限りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金四三一万八五八三円およびこれに対する昭和四八年三月五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  東京都板橋区板橋町六丁目八二二番二号宅地1431.07平方米は原告の所有であつた。

昭和二一年四月、右宅地は、東京都知事の施行する区画整理地区に指定され、東京都市計画第一四地区復興土地区画整理事業として、区画整理施行の対象となり、昭和四七年七月一一日その施行者である東京都知事より減歩されて、東京都板橋区板橋一丁目五三番一六号宅地1073.75平米(以下、本件土地という)に換地処分をされた。

そしてその際、原告は換地処分に伴う清算金として、金一三〇四万六四五九円(換地前の権利価格金三八八九万〇八一一円と換地後の権利価格金五一九三万七二七〇円との差額)を徴収されることになり、一万減価補償金として金二四万五七九六円が交付されることになつた。

2  しかし原告は、右交付金と徴収金が施行者によて相殺された後、徴収金の残り金一二八〇万〇六六三円の全額を施行者に支払つた。

3  被告は、戦前から換地前の宅地の一部(五八二平方米)を賃借し、以来引き続き換地処分後の本件土地も原告から同じ範囲で賃借し、ここに建物を所有して木炭、薪等の燃料を販売して来ている。原告の本件土地の位置および被告の借地部分は、別紙図面のとおりであり、現在の賃料は、坪金七〇円である。

ところが、右賃借権については、それが未登記であるのに土地区画整理法所定の権利申告を原、被告双方ともしていなかつた。したがつて、仮換地の指定に際しても、また、換地処分においても、被告の賃借権の目的となるべき宅地部分の指定はない。

4  しながら、無申告の賃借権であつても、土地区画整理法はこれを消滅させるものではなく、ただ無申告の賃借権者は施行者に対して、その権利を対抗できないというだけで、土地所有者とその賃借人との間の権利義務はなんら影響をうけない。

5  ところで、換地処分は、換地と清算金をあわせて従前の土地と同一の価値を有するものとみるから、清算金の徴収を命ぜぜられた場合、それだけ賃借人の有する使用収益の価値も上がつたことになる。もし、本件の場合、被告が賃借権の申告をしていたら、被告は賃借権の換地処分を受けるとともに、原告が徴収を命ぜられた清算金のうち賃借権の割合に応ずる部分の徴収を命ぜられたであろうことは、土地区画整理法上明白である。しかるに、被告の賃借権は無申告であつたから、施行者は、被告から賃借権にみあう清算金を徴収することはできず、その反面、原告が本来なら被告が負担したであろう清算金も含めた徴収を命ぜられたのだから、被告は、原告との間で右清算金を分担するのが公平というものである。これを被告が負担しないことは、原告の損失によつて不当に利得していることになる。

6  本件土地は、国鉄板橋駅貨物線に面し、極めて地の利のよいところで、かつ、商業地であるから、賃借権割合は、七〇パーセンの場所であるとみるのが相当である。

そこで、原告が清算金として支払つた金一三〇四万六四五九円を本件土地の面積1073.75平方米で割ると一平方米当りの清算金は金一万二一五〇円となり、これに被告の賃借面積五二八平方米を乗ずると金六四一万五二〇〇円であるから、この七〇パーセントは金四四九万〇六四〇円である。

一方、原告は、金二四万五七九六円の減価補償金の交付をうけたからで、これの七〇パーセントに当る金一七万二〇五七円を、前記の金四四九万〇六四〇円から控除すると金四三一万八五八三円となる。

したがつて、被告は、右金四三一万八五八三円を清算金の一部として負担すべきであり、これを被告は不当に利得している。

7  よつて原告は、被告に対し右金四三一万八五八三円とこれに対する清算金の支払期である昭和四八年三月五日から支払済に至るまで清算金の分割徴収の際の利息の利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1は認める。

2  同2は知らない。

3  同3および4は認める。

4  同5は争う。

以上の理由で原告の本訴請求は失当である。

(一) 原告が仮に本件清算金を全額支払つたとしても、区画整理における清算金とは、従前の宅地と換地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等を綜合的に考慮して、その不均衡を是正するために徴収または交付される金銭であるから、これを徴収されたとしても原告の損失にあたらない。

(二) 被告は、本件区画整理によつて何ら受益していない。被告の借地を含む本件清算金の課せられた本件土地は、現地換地であつて、被告の借地もその位置、地積、水利、利用状況等においてなんら変化はなく、環境が変つたということは一般的にいえても、被告の借地は、以前から公道に至る道巾がわずか1.20米しかなく、現在も同じで、かつ、主要な出入口である板橋駅構内は区画整理の対象になつていないからである。

また、被告は、国鉄から板橋駅構内に被告の借地からの通行を許されていたものの、最近になつて何時これが閉鎖されるかわからない状態になつた。したがつて、被告は区画整理によつてなんら受益していないばかりでなく、むしろ以前より悪い状態になつたから、仮に被告がなんらかの受益をしたとしても、現存利益はない。

(三) 仮に原告の損失と被告の受益が認められるとしても、原、被告間に給付がなされたわけではなく、原告が施行者に給付したにとどまり、被告が施行者からそれによつて給付をえたのではないから、原告の損失と被告の受益との間には因果関係がない。

(四) 仮に然らずとするも、被告は、昭和四七年一一月三〇日の権利申告期限を徒過してしまつたのだが、これは、原告が故意に被告の賃借権の申告を妨げた結果であるから、いわば原告は、自らの意思で困果関係を積極的に中断したものといえ、かつ、このような事情のような事情のもとでは、原告の清算金の支払は不法原因給付といえる。

5  同6は否認する。

被告の借地の状況は、さきに述べたとおりであるから、その賃借権の割合は、二〇パーセントにすぎない。

第三  証拠<略>

理由

一請求の原因1および3の事実は、当事者間に争いがなく、そして<証拠略>によれば、請求の原因2の事実を認めることができる。

二右争いのない事実に、<証拠略>ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地(換地)は、現在換地であつたため、従前地より滅歩されたとはいえ、被告が本件区画整理事業施行以前に原告から賃借し現に使用占有して爾来今日に至つている本件土地の一部である賃借地(以下、本件借地という)と本件土地との位置関係および形状は、従前地においても、仮換地中および換地処分後も同じであつて、それは別紙図面のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、農地処分の公告(本件の場合、それが既になされたことは弁論の全趣旨から十分うかがい知ることができる)がなされると、その翌日から換地は従前の宅地とみなされるから、従前の宅地に存していた権利関係は、そのまま同一性をもつて換地に移行する。したがつて、従前の宅地の上に存した借地権は、それが無申告であつたとしても、換地に移行することは当然であるし、本件のように従前の宅地の一部に借地権が存した場合で、かつ、その届出がなかつたが故に、施行者から借地権の目的となる換地部分の指定を受けていなかつた場合であつても、右認定の事実によれば、被告は本件土地(換地)の特定の一部を賃借し使用しているだから、被告は、換地処分後も原告に対し本件借地につき有効な借地権を主張できることは明白である。

三そこで、原告主張の不当利得の当否を考える。

1  まず前記争いのない事実によれば、原告は、施行者たる東京都知事から換地処分の際に、金一三〇四万六四五九円の清算金の納付を命ぜられている。清算金の徴収は、いうまでもなく、区画整理事業の施行の結果、換地の価値が従前の宅地のそれよりも増大したことによる不公正を是正するため、その増大分を金銭によつて清算することを目的として課せられる処分である。したがつて、本件土地(換地)の所有権は、従前の宅地よりも右金銭に評価されただけ価値を増したことになる。

2  土地の所有権価値の増加は、もとよりその土地の使用収益権、したがつてこれを対象とする借地権の価値の増大をもたらすのが普通である。そして、本件の場合、原告が被告に対し本件の一部である本件借地を賃貸しているが故に、増大した借地権価値は当然に被告に帰属し、かつ、その反面、原告は本件借地を所有しているとはいえ、これを現実に使用収益することはできず、実際上右借地権価値の増大はなんら原告に現実の利益をもたらすものではない。

3  しかるに被告の借地権が無申告であつたため、原告は、その借地権価値の増加分を含めた本件土地の清算金の納付義務を課せられたことは明らかである。してみると、原告が本件借地の借地権価値の増加分に相当する清算金の納付義務を負担し、そしてこれを納付したことは、原告にとつて損失であるといえる。他方、被告は、なんらの出捐もせずに右増加分の価値を収得したのだから、これは利得にあたる。

4  本来土地区画理法は、換地処分によつて従前の宅地に存する権利関係自体には原則として影響を及ぼさないことを建前としていると解する。ただ手続上、事業施行の円滑性と迅速性の要請から、施行者に知りえない未登記の権利者の申告制度を採用し、もつて右要請と権利者保護の調和を図つているにすぎない。このような同法の趣旨にかんがみると、区画整理事業の対象となる地域内の借地権者は、その権利申告の有無にかかわらず、実質的には区画整理事業による従前の宅地上の借地権と換地上にそのまま同一性をもつて移行した借地権の価値の不均衡を是正されてしかるべき地位にあると解すべく、そしてその是正は、権利申告をしている場合はもちろん施行者との間で図られるはずであるが、その申告をしなかつた場合であつても、土地所有者との間で調整されるのが公平妥当というべきである。それ故、区画整理事業の対象地域内に借地権を有する被告が、その事業施行による借地権価値の増加分をそれに相応する対価の支払を免れて受益することは、法律上の原因を欠くというべく、そして、原告が施行者に対し本件借地の借地権価値の増加分に相当する清算金を含む本件土地の清算金を納付した以上、被告の受益と原告の損失との間には因果関係があると考えてよいと解する。

5  以上の見解に反する被告の主張は採用できないし、特に、原告が被告の権利申告を故意に妨害したから原告の損失と被告の利得との間の因果関係が中断された旨の主張および被告の利得は原告の不法原因給付による旨の主張も、そのいうところの故意の妨害なる事実を認めるに足る証拠はないから、右の主張の当否を論ずる必要を認めない。

したがつて、被告は、原告に対し本件借地の借地権価値上昇に相当する金員、つまり、原告が清算金として納付した金員に対する右借地権割合に当る金員を支払う義務がある。

四よつて次に、本件借地の借地権割合について判断する。

前記当事者間に争いのない事実に、<証拠略>を綜合すると、

被告は、原告から本件借地(五二八平方米)を非堅固建物所有の目的で賃借し(昭和三二年に金二三〇万円の権利金が授受され、現在の賃料は3.3平方米当り金七〇円)、ここに木造事務所および倉庫を所有して木炭等の燃料の販売を営んでいるが、本件借地は、その周辺が商業地域とはいうものの、いわゆる準盲地であつて、西側公道とは間口1.20米、奥行10.70米の細長く、かつ、狭い通路で結ばれているにすぎないから、被告は、本件借地の西側に隣接する国鉄板橋駅貨物取扱場構内を、国鉄に対し除棚願いを申請しその許可を受け、使用料を支払つて本件借地への日常の通路として使用して来たこと、従来右使用期間は三か年と定められて更新されて来たが、最近になつて期間の定めのないものとなり、国鉄から右構内の通行の許可をえられない可能性があること、原告は、昭和四三年二月二日被告に対し本件借地に四米の通路を開設するよう努力する旨約したが、それがいまだ実現していないこと、したがって、このままの状態では本件借地は、建築基準法上建築の許可は受けられず、消防、救急等の非常災害時の避難および進入も不可能に近いこと、不動産リサーチ株式会社が原告の依頼でなした本件借地の賃料額鑑定の意見において、昭和四八年七月二三日現在における本件借地の賃借権割合を右の特殊事情を考慮したうえ更地価格の三〇パーセントという結果をだしていること、

以上のような事実が認められる。右認定に反する証拠はない。

そうだとすると、本件借地の借地権の割合は、その所有権の価格の三割であると解するのが相当である。この見解に反する<証拠略>は、いずれも前記認定のような本件借地のおかれている特殊な事情を加味したうえでのものではないから、到底採用し難たい。

五故に、被告が利得した借地権価値の増大分を金銭に評価すると、それは金一九二万四五六〇円である(原告が清算金として納付した金一三〇四万六四五九円を本件土地の面積1073.75平方米で除すると一平方米当り金一万二一五〇円となり、これに本件借地の面積五二八平方米を乗じた金六四一万二〇〇〇円の三割に当る金員)。

しかるところ他方、原告には、施行者から本件区画整理事業による減価補償金、として金二四万五七九六円が交付されることになつたことは当事者間に争いがなく、かつ、右金員が施行者によつて原告の納付すべき前記清算金の一部と相殺されたことはさきに認定したとおりである。ところで、減価補償金は、区画整理事業により、施行後の宅地価格の総額が、施行前の宅地価額の総額よりも滅少した場合に、その差額に相当する金額を、従前の各筆の宅価額および使用収益権価額に按分して支払われる一種の損失補償金であるから、前記三で述べたのと同じ理由で、原、被告間においては、原告がこれを一人で取得することは許されず、本件借地の借地権価格相当分は被告に帰属すべきものであると解する。そしてその被告に帰属すべき金員は、金三万六二五九円(円以下を切り捨てた)である(滅価補償金二四万五七九六円を本件土地面積で除し、これに本件借地面積を乗じた金員の三割に当る金員)。したがつて、これを原告の主張するとおり前記金一九二万四五六〇円から控除すると、金一八八万八三〇一円となるから、結局被告は、原告に対し右金一八八万八三〇一円を不利得として返還しなければならない。

六次に、原告は、右金員に対する原告の納付すべき清算金の支払期日たる昭和四八年三月五日から完済まで、清算金の分割納付の際に付せられる利息の利率による年六分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

しかしながら、不当利得返還請求権は、法律の規定によつて発生する期限の定めのない債権であるから、債務者は、履行の請求をうけないかぎり遅滞の責を負わないはずである。したがつて、原告が施行者に対して負う清算金の納付期限は、本件不当利得返還債務の履行期とは無関係であるうえ、本訴提起前に原告が被告に対しその履行の請求をしたことを認めるに足る証拠も見当らない。してみると、被告は、本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年四月一五日から遅滞の責を負うにすぎない。

また、確かに清算金の分割徴収の場合には、年六分の利率による利息が付せられる(土地区画整理法一一〇条二項、同施行令六一条一項)。しかし、これは清算金の納付義務という公法上の債務の履行に関する特則であると解すべきである。故に、不当利得返還債務という私法上の債務の履行遅遅滞による損害金の利率とはなんら関係がなく、被告は、一般原則どおり民法所定の年五分の利率による損害金を支払えば足るというべきである。

六以上のとおりであるから、本訴請求中、被告に対し金一八八万八三〇一円とこれに対する昭和四八年四月一五日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容することとし、その余の請求部分は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(大澤巖)

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